決断について

なにかを決断するのには必ず責任が伴う。その決断によって得られるものが大きければそれだけ責任も大きい。偉人というのは、それをわかっていて決断していった。それは、得られる結果に自信があったからで、それは最高という結果だけでは必ずしもなかっただろう。身近な失敗を重ねてゆくことで学び、一歩ずつ成功へのコマを進めていったはずだ。

私たちの私生活も同じだろう。何かを早まって決断するとき、あるいは決断したときの心情は、それで良いや、という目先の結果ばかりを見てしまい、見たくない責任には怖くて目をそらそうとする。目前の安寧を求めるのも良いが、長期的なスパンで物事を考えられるといいな、と思う。何かの決断を評価するのは現在の自分だけではない。1時間後の自分も、明日明後日の自分も、はたまた20年後の自分も決断を評価しうる。というか生きてる限りは評価するだろう。今すぐの利益を求める必要はない。誰でもできることから得られる利益など、ありふれたものだ。苦しいこと、厳しいことを耐えて耐えて、それでも耐えてようやく得られる結果が素晴らしいことは過去の偉人が証明している。この地球に奇跡的に生を享受しておきながら、周りと同じことをして食って出すだけのサルでいるなんてもったいないだろう。

魅力的な人というのは、常に前を向いている人ではなく、後ろを見続けない人のことだと思う。自分が楽しかったら、その楽しさや自ずと周りに伝わる。彼女が求めるのはそういうヒトだろう。ぜひどうか、日常的に周りで起こるミラクルに興味を持って取り組んでいてほしい。この文章を書いてから現在までの自分へ。