久しぶりです。

ひょんな気持ちで始めたブログも気づけば126日間放置してしまっていた。また復帰します。

ピアノ部の定演も終わり、期末レポートも全て終わり、夏休みを満喫している。

夏だね。

世間ではやれプールだのやれ花火だのと賑やかだ。ちょっと人通りの多い街を歩くだけでたくさんの夏を身近に感じることができるのは嬉しい。

四季のうち、個人的に最も過ごしやすいと思うのは秋だ。しかし、概念としての四季では夏が最も気に入っている。秋は、その過ごしやすさ故に実感できることが少ない。口内炎ができてようやく口内炎がないことのありがたみを実感するアレと同じである。夏と冬の間に存在する、具体的にはどこからどこまでとは仕切りを立てがたい、ただ過ごしやすいと感じる季節。そんな漠然とした秋にこそプレミア的な価値を感じる。

夏はどうか。暑い、洗濯物が増える、不快などとまあマイナス点は無限に挙げられるだろうが、それだけ夏がもつ特徴、印象はずば抜けている。じりじりと射す夏の日差しであったり、鳴り止まないセミの声、薄曇りの森に響き渡るひぐらしの音色、太陽の光をキラキラと写す海、かき氷の持つ視覚的な涼しさ。これらは、ひと目で夏とわかる風物詩だ。夏にはこうした季節の代表選手が多いように感じられる。代表選手一人一人が、夏としての誇りを持っており、人がそれに触れると思わず夏を連想してしまう。ぐっと引き込まれる。これらは、歌、絵画、映画などの芸術作品で用いられた際に鑑賞者を世界に引き込みやすい。すなわち、人がイメージしやすいのだろうと思う。

日本では古くから俳句の文化があり、四季を扱う作品についてはどの国よりも早かったのではないだろうか。今日では、歌曲においてその存在感は絶大であるように思う。思い出補正こそあれ、連想しやすいキャッチーな歌は、楽しく素敵な夏を期待させる。それが印象的であればあるほど、1年に一度訪れる夏が恋しく思えるのである。

要約すると、この夏休み中に夏うた縛りでカラオケをしたい。