ポーランド観光で事前に気をつけたい事!

こんにちは!

先日、初めてのヨーロッパ旅行で憧れのポーランドに行ってきました!ポーランドは歴史・文化・観光の盛んな国で、非常に美しい街並みを楽しむことができます。

私自身はショパンが大好きで、ワルシャワなどの彼のゆかりの地を巡る目的で行きました。ワルシャワではぜひショパンの演奏会に行ってくださいね。憧れの街で憧れたピアノを聴く。もう感涙です。

 

また、物価が安いのも特徴で、コストを低く抑えたい学生などの観光客にもおすすめの国です。


さて好きな国とはいえ、お酒のルールは?チップは?公衆トイレは?移動手段は?など、実際のところ知らないことだらけだったので、いくつかのWebサイトなどを見て予習して向かいました。
中でも実際にポーランドに居住されている方による「ポーランドなび-WITAM!-」http://witam-pl.com/2016/09/26/blog237/というサイトが非常にわかりやすく、充実していたのでぜひチェックしてみてください。


しかしながら、やはり何事にも準備不足やもっとこうしておけば良かったなぁ!と思う点はあるもので、今回もそんな点がいくつかありました。この経験を次にポーランドを訪れる方に活かしてほしいと思い、この記事を書きましたので、少しでも参考になればと思います。


①乗り換え案内アプリ「Jakdojade」は現地でダウンロードしよう

他の方のブログでも紹介されている、ポーランドにおける唯一の乗り換え案内アプリ「Jakdojade」。このアプリですが、国内でダウンロードする場合、AndroidGoogle Playであれば無料なところ、iPhoneApp Storeでは480円の課金制です。
私はこの課金を惜しみ、現地でブラウザページを使ってJakdojadeを閲覧しようとしていたのですが、ポーランド国内でApp Storeを開くと、なんとJakdojadeの無料版が公開されていたのです。使用してみたところ、企業の広告が少し放送される程度で、使い勝手に支障はありませんでした。


②「地球の歩き方/るるぶ」などのガイドブックは必携!

海外旅行の経験が少ない方の中には、コストを少しでも抑えるためにガイドブックを買わないという方も多いと思います。確かに、ガイドブックがなくてもWeb上のブログやサイトなどでかなりの情報を得ることができる便利な時代になりました。
ただ、そんな中だからこそ紙のガイドブックの重要性を伝えたいと思います。


Webサイトやまとめサイトとは異なり、ガイドブックではある都市における観光都市を非常に細かく網羅しているのが特徴です。
結果どのようなことがあるのかというと、本来の興味があった観光スポットを観ていると、ふと視点を逸らした先に、つまり少し行ったところに今まで興味のなかった観光スポットを見つけることがあるのです。
また、道案内をしてもらう際にも、現地の観光地の写真が詰まったガイドブックは有用性が高いです。大抵の観光地の項目には現地語での呼称もも書いてありますし、英語を話さないポーランドの方にもこれによって何度か助けてもらいました。
あとは、電波など場所を選ばず、複数人で共用できるという点で非常におすすめです。


ポーランドへ観光にむかう日本人はまだまだあまり多くありません。「るるぶ」や「まっぷる」のような手軽な値段で行程を考えられる旅行雑誌はなく、あるといえば「地球の歩き方」です。それもチェコ・スロヴァキアとの合併版のみ。おまけに価格は1,700円程度と少しお高い。

私自身、高校時代の教科書を思わせるこの本の装丁にあまり馴染みが持てず、購入には二の足を踏んでいましたが、出国直前のターミナルにおける書店で見つけた時には何かビビッと来るものがあり、勢いで購入しました。


旅行を終えた結果、購入して良かったなぁと思います。長いフライトの時間つぶしにもなりますし、現地での列車の移動中にはポーランド人と本を覗き込んでお互いの言語について語り合ったりしたものです。場所や時間を選ばすに開けるポーランドの辞書をカバンに入れておいたのは非常に心強かったです。


③現地の言葉は要予習!

ポーランドでは、若い人は幼少期からポーランド語と並行して英語を勉強するため、流暢な英語を話す方が多いですが、壮年以上の方には、英語を全く話さない方も多いです。そのため、道端やお店で質問したい時や少し田舎の地方に行った場合に英語が通じずコミュニケーションに困ることがあります。私自身はワルシャワからジェラゾヴァ・ヴォラへ向かう現地のローカルバスに乗っていた際に、「ジェラゾヴァ・ヴォラで降ろしてください」が言えずにもどかしい思いをしました。親切なおじさんが、横で「ジェラゾヴァ・ヴォラ」を繰り返す自分を見て察してくださり、運転手に掛け合ってくれたおかげでなんとかなりましたが、ポーランドにいるのにポーランド語に無知な自分を少し恥ずかしく感じました。


現地では、駅名もポーランド語のみで書かれていることが少なくなく、せめてアルファベットだけでも発音できるように予習しておけるといいですね。


ちなみに、おすすめの教材はまたも登場しますが、「地球の歩き方」です。アルファベットの読み方だけではなく、観光客向けの言い回しもパターン別にまとめてくれているのですぐに活用できます。


以上3点、自分の中で次にポーランドを訪れる方に活かせる経験をまとめてみました。
上で紹介したサイトと合わせて、ぜひ旅行を楽しんでくださいね!

ホーキング博士

先日、宇宙物理学者のスティーヴンホーキング博士が亡くなった。

彼は、20代にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症してから車椅子の生活を始め、ブラックホールやビックバン仮説などを提唱し、全世界にさまざまな影響を与え、76歳でその一生を閉じた。彼の名前を聞くと、小学6年生の時の担任が彼の書いた子供向けの読み物をホームルームの時間に朗読してくれたことを思い出す。忘れていた題名を気になって調べたところ「宇宙への秘密の鍵」というものだった。知りたがりのジョージが隣に住む科学者の話を聞いて思考に引き込まれていくというものだ。ホーキング博士はこの作品を通して理論物理学の考え方を伝えようとしたそうだ。10年も前の話を思い出して懐かしくなってきたので今度調べて読んでみようと思う。

 

さて、難病を発症してからの博士は、毎日朝を迎えることに感謝した。当たり前のように朝が来ることを当たり前と思わず、生あることそのものに感謝し続け、毎日希望に満ちた生活を送った。彼は言った。生きている限り希望はある。下を向くよりも空の星を見よう、と。

 

…伝えたかったのは最後の3行だったのに頭でっかちになってしまった。まぁ辛いことがあっても生きている限りは努力次第で好転しうるということだ。眠い中どうしても残したかった文言だからここに記しておいた。

今、辛いと感じている君へ。

決断について

なにかを決断するのには必ず責任が伴う。その決断によって得られるものが大きければそれだけ責任も大きい。偉人というのは、それをわかっていて決断していった。それは、得られる結果に自信があったからで、それは最高という結果だけでは必ずしもなかっただろう。身近な失敗を重ねてゆくことで学び、一歩ずつ成功へのコマを進めていったはずだ。

私たちの私生活も同じだろう。何かを早まって決断するとき、あるいは決断したときの心情は、それで良いや、という目先の結果ばかりを見てしまい、見たくない責任には怖くて目をそらそうとする。目前の安寧を求めるのも良いが、長期的なスパンで物事を考えられるといいな、と思う。何かの決断を評価するのは現在の自分だけではない。1時間後の自分も、明日明後日の自分も、はたまた20年後の自分も決断を評価しうる。というか生きてる限りは評価するだろう。今すぐの利益を求める必要はない。誰でもできることから得られる利益など、ありふれたものだ。苦しいこと、厳しいことを耐えて耐えて、それでも耐えてようやく得られる結果が素晴らしいことは過去の偉人が証明している。この地球に奇跡的に生を享受しておきながら、周りと同じことをして食って出すだけのサルでいるなんてもったいないだろう。

魅力的な人というのは、常に前を向いている人ではなく、後ろを見続けない人のことだと思う。自分が楽しかったら、その楽しさや自ずと周りに伝わる。彼女が求めるのはそういうヒトだろう。ぜひどうか、日常的に周りで起こるミラクルに興味を持って取り組んでいてほしい。この文章を書いてから現在までの自分へ。

ありがたみ

夏夏夏、秋。

夏のピークが去り、夜はセミに代わってスズムシが鳴き始め、あたりは秋の訪れを思わせる。日が暮れて1時間と経たない19時の外は、すでに肌寒い。毎年感じるこのハッとなる発見は、毎年同じもののように見えて、どこか違う。目に見える違いがあるのか、と問われるとそうではない。その年の夏の始まりから終わりに向けて、自らの心境にどのような変化があったか、が大きく反映されるのだ。思えば夏の始まりも終わりと同様に印象深い。日が短い頃と比べて明らかに強い日差しや度を越した外気温は、認識せざるをえない強烈なものだ。

四季とは素晴らしい。各季節を印象的に区切ることで、その折々における出来事が、まるでいつでも取り出せるもののようにはっきりとした記憶の定着を促す働きがある。そしてその折りごとに、四季のありがたみが一層感じられる。

 

失って初めてわかるありがたみというものは、存在するのか。目まぐるしく変化する周囲の環境は、多くの要素が複雑に絡み合って成り立っている。無人島に1人で住んでいるわけでもなければ、すべての人は繋がっている。繋がっている以上、1人いなくなれば、1つの繋がりを失う人が現れる。それは些細なように見えて実は大きなことなのかもしれない。繋がりの消失がその人や周囲にどれほどの影響をもたらすかどうかは、実際に消失しなければわからない。ともすると自分に降りかかることもあるかもしれない。すると、それによる苦しみやロスから解放されるにはどうするのがいいのか。

それは、普段からありがたみを認識して受け入れることだ。ありがたみを受け入れると、感謝の情が表れる。ありがたみに感謝すると人はそれに対して応えようと真面目になる。そうすると、そもそも失って初めてわかるありがたみもなくなる上、努力によって自分に強くなる。

久しぶりです。

ひょんな気持ちで始めたブログも気づけば126日間放置してしまっていた。また復帰します。

ピアノ部の定演も終わり、期末レポートも全て終わり、夏休みを満喫している。

夏だね。

世間ではやれプールだのやれ花火だのと賑やかだ。ちょっと人通りの多い街を歩くだけでたくさんの夏を身近に感じることができるのは嬉しい。

四季のうち、個人的に最も過ごしやすいと思うのは秋だ。しかし、概念としての四季では夏が最も気に入っている。秋は、その過ごしやすさ故に実感できることが少ない。口内炎ができてようやく口内炎がないことのありがたみを実感するアレと同じである。夏と冬の間に存在する、具体的にはどこからどこまでとは仕切りを立てがたい、ただ過ごしやすいと感じる季節。そんな漠然とした秋にこそプレミア的な価値を感じる。

夏はどうか。暑い、洗濯物が増える、不快などとまあマイナス点は無限に挙げられるだろうが、それだけ夏がもつ特徴、印象はずば抜けている。じりじりと射す夏の日差しであったり、鳴り止まないセミの声、薄曇りの森に響き渡るひぐらしの音色、太陽の光をキラキラと写す海、かき氷の持つ視覚的な涼しさ。これらは、ひと目で夏とわかる風物詩だ。夏にはこうした季節の代表選手が多いように感じられる。代表選手一人一人が、夏としての誇りを持っており、人がそれに触れると思わず夏を連想してしまう。ぐっと引き込まれる。これらは、歌、絵画、映画などの芸術作品で用いられた際に鑑賞者を世界に引き込みやすい。すなわち、人がイメージしやすいのだろうと思う。

日本では古くから俳句の文化があり、四季を扱う作品についてはどの国よりも早かったのではないだろうか。今日では、歌曲においてその存在感は絶大であるように思う。思い出補正こそあれ、連想しやすいキャッチーな歌は、楽しく素敵な夏を期待させる。それが印象的であればあるほど、1年に一度訪れる夏が恋しく思えるのである。

要約すると、この夏休み中に夏うた縛りでカラオケをしたい。

素直に?

「素直に生きるとやりやすいよ」と言われた。ふんふん。素直ってなんなんだろ。自分はできるだけ素直に生きようとしてきた。変に考えすぎず自然に過ごすことがそうだと思っていた。でも違った。このメッセージの意味は、周りの様子をもっとよく見て過ごせ、ということの遠回しな言い方だと気づくのにしばらくかかった。

振られたことを突然話題に出され、返答に困った。自分の中では話しても笑いに変えることができないからと話題は考えてすらなかったので、苦笑いして流す。周りの絶妙な煽りというか、指摘のようなものに対しても煮え切らない返事しかできない。そうやってやり過ごせたらいいやと考えていた。でもどうなんだろう。それは周りへの気遣いになってるのか。なってないかなぁ。周りはその場を沸かせる程度の笑いを期待してるだけ。変に黙られて困るのは相手を自分に置き換えたら瞭然。大人な対応とは程遠いか。うーん。